タイ仏教の僧侶の仕事
2015.10.6更新
タイ仏教の僧侶は一般の職業ではなく一般職とは区別されていますが職業です。
特殊な職業です。
自分のため修行しているのであって職業ではないという人がいましたが、それは違います。
タイ仏教の僧侶は仕事をしていないから働かざるものは食うべからずという意見を言う人もいましたが、それも違います。
求められていること、やらなければならない仕事があります。
タイ仏教の僧侶の仕事は、膨大なお経を暗記して、各種行事でそれを本を見ないで唱えることです。
ワンプラ(วันพระ)という日は満月の日、左側の半月の日、月食に近い日、右側の半月でだいたい週に一回ぐらいの頻度であります。
ワンプラは朝に近所の人が寺に集まるので、お経を唱えます。
その他、たくさん行事がありますが、日本人でも分かりやすく且つ頻度が多い行事としては葬式があります。
葬式、結婚式ではお経を唱えます。
葬式は当然としても、結婚式でお経とか日本人には理解できないかも知れませんね。
でも坊さん呼んで葬式している人が結婚式では教会でウェディングドレスとかいうほうが世界的にはよほど理解されていないとは思います。
葬式と比べると結婚式はあまり呼ばれません。
葬式は同じ人の葬式を何日も続けてします。私の村では四日とか五日ぐらいかな。
一日三回呼ばれるんで葬式は疲れます。
タイには瀕死状態の人の葬式というのもあります。
まだ生きている人を相手に葬式をしてお経を唱えます。
その瀕死葬式をした人は、三日後とか一週間後とかに確実に亡くなられているんですね。
死後の葬式にもまた呼ばれるから分かります。
幼稚園、小学校、中学校の卒業式にも呼ばれてお経を唱えることもあります。
(これはちょっと特殊かも知れない)
信者が家を新築したり新しい物を買った時に縁起担ぎのために、お経を唱えることもあります。
大晦日とか四月のタイ正月にも行事があるのでお経を唱えます。
タイの祝祭日は仏教関係が多いです。
お経を唱える行事の日はタイのカレンダーで決まっていてたくさんありますが、日本にない行事をひとつひとつ説明しても分かりにくいでしょうから省きます。
あとは、寺の敷地内の掃除、落ち葉掃き、草刈りとかもやっています。皿洗いもします。
寺の敷地内に建物を建てる時とかは、連日朝から夕方まで土木作業をすることもあります。
ただ、これらは坊さんでなくてもできることであって、僧侶としての必須項目でもありません。
掃除や土木作業をするから寺に僧侶として寺に住みたいと言っても、お経ができないなら却下です。
寺と書かずに「寺の敷地内」と言ったことには意味があります。
寺の敷地内には墓地や火葬場もあります。
私の寺の火葬場は建設中で遺体の焼却炉はまだ完成してませんけどね。
村人は墓参りに来て散らかして帰るだけです。墓の周りの草刈りもしない。
私の寺では私が散らかった墓の周りを片づけて、墓の周りの草も刈っています。
草刈機やガソリンは自腹で買って無給でやっています。
墓地や火葬場の管理も僧侶の仕事なのです。
葬式に必要な棺桶カバー(日本にはないと思う)は寺に保管しています。
葬式や結婚式がある家では大勢の人が集まって食事を出すのですが、その時に使う食器類は寺の物を使っています。
寺は公民館とか集会所のような役割も果たしています。
そういった村の公共施設、公共財産を僧侶は管理して24時間守っています。
個人的なことでいうと、私の寺の隣に幼稚園があるんですが、なんか頼まれて幼稚園の敷地の草刈りをやることもあります。
ガソリン少しくれたけど足りない分は自腹です。1バーツもくれません。
でも幼稚園の先生は、たまに朝食べ物をくれてお世話になっているのでそういう意味では給料は出ています。
田舎なんで雨が降ったら道路が舗装されてないので大陥没します。
誰も何もしないので私が毎回道路の大陥没を埋めています。
あと仕事かどうかは分かりませんが、朝、托鉢(たくはつ)と言って村を歩いて食べ物をもらいに行きます。
「くれ」とは言うことはありません。
まあ、歩いていることが「くれ」と言っているようなものですが。
歩いていると、食べ物をあげたい人が出てきたり、あるいは待っていたりして食べ物をもらいます。
もらった後は非常に短いお経を唱えてまた歩きます。
修行としては朝四時と夕方六時に寺の僧侶全員が集まってお経を唱えます。
お経を始める時間は各寺で違います。
このお経は雨季の修業期間は必須ですがそれ以外の期間はしない寺もあり私の寺もしません。
お経の時間は15分から一時間半。
お経の他に瞑想もする場合もあります。
ほとんどの寺では、あまり瞑想はしないと思います。全くしない寺もあります。
僧侶には休日はありません。ただ、ほとんどの日が休日のような感じでもあります。
今まで述べたように仕事はあるんですが、朝から晩までやっているわけではないし、葬式とかも毎日あるわけではありません。
半自由時間は非常に多いです。自由と言わずに半自由と言ったのは、戒律があるし寺に居ないといけないから完全な自由ではないからです。
日本人が想像する修行らしきものは特にありません。
全くないわけではないですが、滅多にしないし、私の今居る寺では全くしないですね。
何かをすることよりも、何かをしないことのほうが重要視されています。
戒律があります。
私は食事はほとんどの日は朝一食だけです。
戒律では午前中に一回しか食べてはいけない(と思う)のですが、ほとんどの寺では午前中二食まで許しています。
(戒律は解釈で変わるかも知れない。少なくとも複数の戒律のタイ語訳があり内容が一致していない。)
私の寺も一日二食を許していますが、午前中に食べないといけません。
二回目は午前11時ごろ食べるのですが、その時間ではまだ腹が減ってないのと朝の残り物しか食べ物がなく、虫がたかっていたりして不衛生なので個人的に食べないようにしています。
食べたくても、朝食べた後にもう残っていないことも多いです。
托鉢は一日一回しか行きません。(一回しか行ってはいけません。)
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